アルバイト思い出について触れた部分を、もう一度確認しておきましょう。 しかし、オーダーを取るときに、そばかうどんを確認しなければいけなくて、それを覚えるまでにはいろいろミスもして難しかったです。さらに、揚げ物やおかずを調理するのは隣の定食屋の厨房なので、オーダーを取ったら、そば屋の厨房にそばかうどんを作るように指示を出し、電話で隣の定食屋の厨房にも「○○定食の○○おねがいします」と注文をいれるという流れでした。この流れが身につくまでは、蕎麦を忘れたり、ご飯を忘れたり、おかずを忘れたり・・・しょっちゅうでした。さらに、思わぬアクシデントとして、その廊下は吹きっさらしの雑居ビルの廊下なので風が強かったことで、よく「天ぷらそば」が出たときに、海苔の天ぷらや大葉の天ぷらが風に飛ばされたこともありました。
それまでに学校生活や部活や習い事なので経験したこととはまた違う、初めての「社会」の一員としての仕事だったので、アルバイトで学ぶことは多いと感じました。しかし、高校はアルバイト禁止の学校だったので、そこでのアルバイトは、その春休みの間だけで、その初めてのアルバイトは終わりました。次にしたアルバイトは、喫茶店のウエイトレスの仕事でした。そこは母の知り合いの喫茶店で、「しろうさぎ」という可愛い名前のお店でした。
このアルバイトでうれしかったのが、ウエイトレスの制服があったこと。その制服も当時にしては斬新なデザインをしていて、肩の丸く膨らんだ白いブラウスとグレーの長めのふんわりとしたスカート、それに小さめのピンク色のエプロン、エプロンの紐は幅が広くて、背中でリボンを飾っているようにも見えました。しかし、母の知り合いの喫茶店ということで母の知り合いのお客様も多く、アルバイト中もしょっちゅう「○○ちゃん」と話しかけられることが多くて、少し気恥ずかしい思いもたくさんしました。その中と外との気温差が大変でした。
このアルバイトでうれしかったのが、ウエイトレスの制服があったこと。その制服も当時にしては斬新なデザインをしていて、肩の丸く膨らんだ白いブラウスとグレーの長めのふんわりとしたスカート、それに小さめのピンク色のエプロン、エプロンの紐は幅が広くて、背中でリボンを飾っているようにも見えました。しかし、母の知り合いの喫茶店ということで母の知り合いのお客様も多く、アルバイト中もしょっちゅう「○○ちゃん」と話しかけられることが多くて、少し気恥ずかしい思いもたくさんしました。その中と外との気温差が大変でした。
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